船は順調に進んでいた。
船の点検と称して船内をウロウロしていた柊が「ん?」と小さな声をあげた。
「おやおや。こんなとこに隠れて」
船室の奥、非常食などが詰まったダンボールがいくつも積み上げられている。そのわずかな隙間に小さな女の子の姿があった。
「お、お姉ちゃん誰?」
「誰がお姉ちゃんだ」
柊は少女を眺め、即座に誰であるか思い出した。実際に対面するのは初めてであったが、この箱庭計画の準備段階で幾度となく顔写真を目にしている。
そこに身を潜めていたのは……早希であった。
「報告ではジェットコースター型脱出装置に乗ったと聞いているぞ。だったらわたしが誰であるか知っているはずだ」
早希は小首を傾げながら柊の顔をまじまじと凝視した。そしてあの恐ろしいスピードで走るジェットコースターの合言葉を思い出した。
「もしかして、ひ、柊さま?」
「ご名答。わたしがその『柊さま』だよ」
常に冷静沈着、頭脳明晰でいるつもりの柊は予想外の人物が船内に紛れ込んでいるのにしばらく気がつかなかったことに対して舌打ちした。
ここで二人きりで会話したところでどうにかなることでもない。柊はとりあえず、茜、ヤマ、ハマのいる場所に早希を誘導することにした。
えー、なんで早希ちゃんがいるのーとハマがやたらハイテンションの声で騒ぎ立てる。それを柊はやんわりと制して話を続けた。
「なぜ脱出しなかった? 実験協力員の避難誘導のマニュアルは完璧だったはずだ。わたしが手引きを作成したのだからな」
「だって、脱出する時に、ハマさまとヤマちゃんがいなくて、あたし、心配で、それで……。なんかサイレンがワンワン鳴ってて、爆発する音が遠くで聞こえて、怖くなって近くの船に隠れて」
「だとさ。お前らも愛されたもんだな」
「早希ちゃん、かわいー。ねえ、ヤマちゃん」
「何を呑気な。ハマ、いいか、一緒にいることがどれだけ危険なことだと……」
ヤマはあくまで渋い顔をしている。が、もともと彼にとっては険しい顔は普段の表情とそう変わらない。
「あたし、ハマさまとヤマちゃんがいれば、どこに行ってもヘーキだよ」
早希はそう言って小さな拳を振りかざした。
「早希ちゃんかわいー」
ハマはそう言って早希の頭をなでた。
「ま。ノープランだしな。予想外のことがあっても不思議じゃないな」
柊がげんなりしているのか事態を楽しんでいるのか曖昧な声で言う。
「そーですよ。楽しかったらいいじゃないですか」
「楽しかったらいいわけじゃないだろう」
柊、ハマ、ヤマが三人三様の感想を述べる中、茜ひとりだけが、誰? という顔をしている。
あ〜そういえば初対面だっけ、とハマがひとりつぶやいて、嬉々として紹介を始めた。
「茜ちゃん、こちら、早希ちゃんでーす」
無計画の旅の出発を意識して、まだ二十分もたっていない。その矢先に、もう一人メンバーが追加という予想外のことが起こった。
この調子じゃこの先、どんな出来事と遭遇するかわかったもんじゃない。想像するだけで疲れる。そう茜は思った。
それでも。
目の前の女の子の無邪気で可愛い姿を見ていたら、何事もなんとかなりそうな気がした。
茜は親愛の気持ちを込めて
「よろしくね。早希ちゃん」
とにこやかに笑いかけた。
あとがき
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