今回出番なし? 私、ヒロインなのに!?


 ハマ、そしてヤマは相変わらず走り続けていた。

 早希はヤマに抱きかかえられたまま大人しくしている。どうやら、ヤマに対する恐怖心は払拭されたようだ。キチクと罵った時とは別人のような親しげな声でヤマに話しかけていた。

 早希はハマの呼び方をそのまま真似して、ちゃんづけでヤマのことを呼んだりまでしていた。

 ヤマはぶっきらぼうかつ適当に相づちをうつ程度だが、ハマと早希は意気投合したらしく、二人して、あはは、とか、ふふふと言って笑い合っていた。

 笑うポイントがまったくわからないヤマは無愛想なまま走るのを続けた。普段からなぜハマが笑うのか理解できないことがヤマにはたびたびあったが、そのノリにすんなりとついてきている少女が現れたことに、内心驚いていた。

 ところで、とやや真面目な口調でヤマはハマに話しかけた。
 
「どのルートで行くつもりだ?」

「そうだなぁ、交番ルートだと狭くて長い通路を這っていかなきゃいけないから早希ちゃんには厳しいか」

「あたし、ハマさまとヤマちゃんと一緒だったら、どこまでもついていけるよ!」
「早希ちゃんは強い女の子だね〜」

 ハマに褒められると早希は誇らしそうに、またテレたようにはにかんだ。

「でも体力いるだけじゃなく、時間もかかるし、やっぱりアレ、の出番かな」
「アレ、か」
 なにやら二人の間で交わされる言葉少なげな会話を早希はじっと耳をすまして聞いた。しかし、やはりよくわからなかった。

「しかし、アレは一人乗りだぞ」
「僕らだけで後から行けばいーじゃん」
「違う。そういう問題のことじゃない。このコが一時的にしろ一人きりになるのは危険じゃないのか、って言ってるんだ」
「ヤマちゃん、もっと冷静に考えてよ。こうしていつまでもバケモンの中をドタバタ走っているほうがよっぽど危険だと思わない?」
 言い返す言葉が見つからなかったヤマは、そうだな、と渋々うなずいた。

「ねえねえ、早希ちゃん、ジェットコースターは得意?」
 得意かどうか聞かれると、正直あまり好きな乗り物とは言いがたかった。しかし、ハマの輝かんばかりの笑顔を添えた質問に対してはっきりと否定の言葉を言いたくなかった。

「前に乗った時、早希は泣かなかったよ」
「そっか〜。偉いね。じゃあ、大丈夫だ」
 何が大丈夫なのか、すごく気にはなったが、具体的に聞くのもそれはそれで怖い気がした。

 話が決まったところで、方向転換をしたヤマハマコンビはやや走るスピードを上げた。そうして狭い路地に入っていった。

 ヤマがゆっくりと早希を地面に降ろす。お上品に靴を履いている余裕などなかったので、靴下のままだ。布越しに感じるアスファルトの触り心地は妙なものだった。

 何をするのかと思えば、ヤマが路地にあったマンホールの蓋を開けた。
 そして、二人に目配せをすると、ヤマが先に入り、その後ハマに促された早希が鉄製のはしごを伝って降りる。続いてハマが蓋を閉めながら入った。

 日ごろからマンホールの下がどうなっているか気になっていたものの、想像するしかなかった早希には、意外な光景が広がっていた。

 マンホールの中といえば、水が流れているイメージがあったが、そこに水気はなく、その代わり、鉄製のレールがずっと奥まで続いていた。そして、ジェットコースターと思しき乗り物が、でん、と目の前に立ちはだかった。

 たいして広くはない空間の中にあるため、やたら迫力があるように見えるが、そこには一人しか乗るスペースはないようだ。

 早希をそのジェットコースターに乗せると、すぐさまヤマとハマが手際よくシートベルトを締め、安全バーを下ろして、早希の首と肩を固定した。

「この乗り物は、合言葉を言わないと永遠にグルグル回り続ける仕組みになってる。赤いランプが点滅している場所が目に入ったら、大きな声で叫ぶんだぞ」
「いいかい? よく聞いてね。赤い色が目に入ったら、こう言うんだよ『柊さまばんざーい、柊さま、かっこいいー』って」

「ひ、ひいらぎさま?」

「まったく。ふざけた合言葉だ」
「まあまあ、ムカツク気持ちはよぉくわかるけど、落ち着こうね、ヤマちゃん」
「別に腹など立てていない。こんな真面目さにかける合言葉を設定できる神経が理解できないだけだ」
「カタブツだなあ」
 ハマは、少し声に出して笑った後、早希に向き直った。

「早希ちゃん、ちょっと怖いかもしれないけど、危ないことはな〜んにもないからね。安心してね」
 がしっと両手を握った。心持ち早希の表情がうっとりしている。

 ハマの無駄に愛想のよい顔はこういう時に人を安心させるのかもしれない、とヤマは、決して外れてはいないが、少々ズレたことを考えた。

「いってらっしゃい。また後で会えると思うよ」
 ハマはそう言って手をひらひらと振った。

「よし、カウントダウンを始めるぞ」
 さん、に、いち……次の瞬間、ヤマが発射のスイッチを押した。
 ガコン、という音とともに、ゆっくりと動き出す。

 このくらいのスピードだったら、全然ヘーキだ。と早希が胸をなでおろした、そのすぐ後、急激に加速した。
「きゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあっっ」
 早希の大絶叫が木霊した。やがて、怒涛のスピードで走る機体の轟音とともに聞こえなくなった。

「大丈夫だろうか。ちゃんと合言葉は言えるだろうか。一度復唱させておいたほうがよかったかも……」
 しきりに心配するヤマだったが、ハマがニヤニヤした顔でこちらを見ていることに気がついた。

「なんだ?」
「ヤマちゃんって、見た目だけだと、子供が嫌いそうなイメージあるけど、実は親バカになりそうなタイプだなーと思ってさ」
「子供? 親?」
 何言ってんだ、と言い返してくることを予想していたハマだったが、ヤマは馬鹿馬鹿しいとつぶやくなり、途端に険しい顔つきになった。

「そんなことは今はどうだっていい。それよりも、」

「なぁに?」

「この実験、どうもおかしい」

「おかしいってどーゆーこと?」
 どこかとぼけた言い方だったが、もとがとぼけた顔のつくりをしているので、実際にとぼけているかどうか判断するのは非常に困難だった。

「あの娘だ。救助リストに載っていなかったぞ。そんな単純ミスがどうして起こった? 何か作為があるとしか思えない」
「さあ〜。僕に聞かれても」

「それに、あの蛇……。いくらなんでも偶然にしてはタイミングが合いすぎる。」
 バケモノが放たれた後は、それぞれの自由意志によって街を徘徊している、そうヤマは聞かされていた。しかし、まるでヤマたちの行動を先読みしたかのような現れ方だった。

 ハマは一瞬だけ何かを考えるような表情をしたが、すぐにまた能天気そうな笑顔に戻り、能天気そうな明るい声を出した。

「ねえ、ヤマちゃん、この実験が終わったら、まず何をしたい?」
 明らかに不自然な話の変え方だった。

「何の話をしている」
「ねえってば、何したい?」

 実験が無事に終了することを心の底から望んでいるのはヤマに他ならなかった。

 なので、つい、話に乗せられてしまう。そう、いつだって、ヤマはハマのペースにつられるのだ。それは、普段からハマに対して憎まれ口をたたきながらも、根っこの部分では彼を信頼しきっているからなのだが、本人にその自覚はない。

 そうだな……とつぶやいて目を細める。質問の答えを考えているわけではなく、今までずっと考え続けてきたことを頭の中で整理しているようだ。実際、実験の後のことをヤマは何度も思い描いていた。

「旅に出たい。この目であらゆるものを見てみたい」
 旅、と聞いて普段のヤマを知り尽くしているハマにとっては安直すぎる答えだと思った。しかし、見た目に似合わず、素直なところが彼のいいところだと再認識した。

「その旅、僕もついてっていい?」
「ああ、そうだな」

「茜ちゃんも誘おうか」
 ああ、そうだな、と繰り返し言おうとして、口を開きかけてから、動きを止める。

「どうしてその名前が出てくる?」

「だって、何か僕ら茜ちゃんに嫌われているっぽいんだもん。挽回しときたいって言うか、嫌な気持ちにさせちゃったお詫びってゆーかさ、そんな感じで」

「お前が嫌われるようなことを言うのが悪いんじゃないのか」

「えー? 待ってよ。ヤマちゃんだって相当にカンジ悪かったよ」

 不意にヤマが笑い出だした。かなり長い時間をヤマと行動をともにするハマだったが、声を出して笑ったところを見たのは本当に久方ぶりだった。

「そうだな。三人で世界を回れたら、それも楽しそうだ。まあ、本人に選ぶ権利があるから、彼女次第ではあるが」

 そこで雑談を切り上げ、二人は別のルートで逃げるためにマンホールの外に出ることにした。
 すると、はしごを上りながら、ヤマが思い出したように言った。

「ハマ、あのお嬢ちゃんは誘おうって言わないのか?」
「早希ちゃんとはね〜、僕の希望としてはあと十年してから一緒に行きたいな」


 ぷちあとがき

 うん、ハマはどこへ行こうとしているんでしょう。すっげーアヤシイ人になってきました。でも、けっこう好きです(告白)

 次回、衝撃の展開(?)いよいよ山場に突入です。

BACK  NEXT