体を動かすのは嫌いじゃないけど、私がしたいのはスポーツで、逃走じゃない。
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茜とヤマ、ハマの三人衆は巨大ハトから全速力で逃げていた。
茜は火事場の馬鹿力とも言うべき潜在能力をひきだしたのか、男二人にまったくヒケをとらない好調な走りを見せ、思いのほか巨大ハトを大きく引き離していた。
ずいぶん余裕があるのをいいことに、ハマはさらに余裕ぶって、ペラペラとしゃべりだしたりもしていた。
「巨大なハトって言ってもね、原理としては、遺伝子操作なんて呼ぶほど大掛かりなもんじゃないんだよ。大きな個体同士を何代にもわたってかけあわせてゆくと、オリジナルよりも大きくなる。犬なんかは人間の都合のいいように身体を変形させられた例がいくつもあるよね。まあ、自然な交配程度であそこまで巨大になるわけもないから科学の力ってすごいよね〜」
と、呑気な口調で解説を始めたが、がむしゃらに走っている茜の耳には話の半分も入ってきていない。
そうしてニ、三分もたったころ、二人を先導する形で突っ走っていたヤマが、なぜか不意にスピードをゆるめた。
「ちょっと、何やってんの。ハトがくる。ハトがきちゃうって」
振り向いて茜が声をかけたがヤマはよくわからない方向に目をやっている。
「声が聞こえた」
「はあ? 声? どうせ空耳だって。早くいこうよ。早く!!」
「ヤマちゃ〜ん。このまま止まってると真面目にヤバいよ〜」
緊迫した口調そのものの声音と、緊張感のかけらもない声の二つを聞きながらヤマは二秒だけ考えた。
そして
「先に行け。確かめてくる」
と短い言葉を残し、手近にあった一軒家の塀に手を掛けたかと思うと、曲芸さながらのあざやかさで素早く登った。さらにそこを足場にして軽々と二階建ての屋根まで飛び乗ってしまった。
そして間髪おかずに屋根伝いにかけていく。その屋根同士の距離などなんの障害にもならないかのように。
「えええー」
あまりの跳躍力に茜は目をしばたたかせて今のが見間違いではないか確認しようとした。
まるで映画のワイヤーアクションでも観ているかのような身のこなしだった。
ヤマが異常なまでの体力バカなのはこれまでの走りで明らかだが、今目にしたのは体力うんぬんの問題ではない。茜は呆然とした……かったのだが、背後に巨大ハトの気配を感じたので二人は再び全速で走りはじめた。
「ちょちょちょっと、何あれ? ナンなの、あの動き! まさか、あの人も人間じゃないとか言わないでしょうね!」
かなり汗をかき呼吸も乱れ、おまけに動揺している茜とは対照的に、涼しい顔をしてにこやかな笑みまで浮かべているハマは、やはり涼しい口調でにこやかに言葉を返した。
「あれ? もしかして、気がついてなかったの?」
「……………………………………………………うそっ」
「いや、嘘だって。そんな顔しないでよ。いや〜まったく茜ちゃんはかわいいねぇ」
また嘘なのかよっ! 殴ってやろうとしたが体力温存を優先するために必死にこらえた。
「あーんなに巨大でもハトだと認識できるのに、あの程度の運動能力で人間であることを疑うなんて不思議だなぁ」
どうもこの二人組みといると疲れる。茜のげんなりした気持ちは加速していくばかりだった。
時間は少しだけ巻き戻る。
早希(さき)はベッドの上でなく下で寝るのが好きだった。
特別な根拠や理由はないが、なんとなく安全な気がする。まだ小学二年生の小さく細身な体は、ほんの少しの隙間でさえ、楽々入り込めてしまうのだ。
早希は、ふああああと盛大なあくびをしてからのろのろとベッドから這い出した。
不思議と今日はずいぶん長く寝た気がする。
朝ご飯はなにかなあ。とぼんやり考えながら窓辺に近づく、朝にしては日が高すぎる、ということを気にする前に信じられない光景に目を奪われていた。
そして叫んだ。
「きゃーーーー。ハトぉぉお!」
どうしていいかわからないで、しばらくの間ただ窓の近くでオロオロしていることしかできない。
窓から巨大ハトの姿が見えなくなってもまだオロオロしている。当然、ハトに追い掛け回されている人たちがいたことも目にはいっていなかった。ひたすらオロオロして窓辺を行ったりきたりしては、どうしよ……と小さくつぶやくしかできない。
と、早希の前にさらなる脅威が現われた(ようにしか本人には思えなかった)
凶悪な顔つきの男がいきなり窓とは反対側に位置するドアから入ってきたのだ。
かなぎり声に近い悲鳴をあげた早希に男は眉間に深いしわをよせた。
「やはりまだ残っていたのか。ったく、面倒だな」
「ふ、ふ、フホーシンニュウって言うの知らないの? けけけけけ、ケーサツ呼ぶよ?」
普通の神経の持ち主なら、こんなに怯えて可愛そうに、と憐憫の情を抱きそうなものだが、ヤマは早希の言葉自体を完全に無視した。
「親はどうした。置いていかれたのか」
「しし、しらな……、わかんな……」
「とにかく、子供ひとりは危険だ。安全な場所に連れてってやる」
「あ、あの、あのねえ、知らない人についていっちゃ、い、いけないんだから! そんなの、じょ、ジョーシキよ」
一般的な感性の持ち主なら、声が震えても、精一杯強がっている健気な子供の姿に心がうたれそうなものだが、もちろん、ヤマは再度あっさりと無視した。
ただ、目の前の子供がパジャマ姿であることが気になってしょうがなかった。
「パジャマ姿で外に出るのが恥ずかしいなら三分だけ待ってやる。いいか、三分だ。早く着替えてくれ。いいか、くれぐれも逃げるなよ」
くれぐれも、のあたりを強調した以外は、特に抑揚もなく、無愛想に言い放つとドアを乱暴にしめた。
ヤマは単に茜の時のように逃げ出されると面倒なので釘を打っただけだった。しかし、そんな事情を早希が知るよしもない。彼女にとって、今のセリフは多大な恐怖を植えつけられるのには十分すぎる言葉だった。
――くれぐれも逃げるなよ――
逃げなきゃ殺される、と早希は思った。
ぷちあとがき
ひさびさに更新した無計画小説はいかがでしたでしょうか。意味もなく新キャラ登場させてみました♪
ヤマハマと茜ちゃんのトリオはめちゃめちゃ書きやすいんですが、話が広がらないなーと三回前くらいから思ってたので一人投入してみました。いまいちキャラの性格が確立されていないので今後に乞うご期待!!
とか言いつつあと三、四話でケリをつけるつもりです。ネット小説の弱点は長すぎると読む気が失せるということだと思うのですよ。そろそろ潮時な気がするので。
おそらく続編、もしくは外伝という形で復活させると思いますので、その時はよろしく。
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