私は平和な国に生まれついたはずだったのにー! この状況は何よ?

 

「どうかしてるよ。そんなこと、倫理的に許されるわけない」
 ヤマの話を完全に信じきれない茜はそう反論したが、極力声をおとしながら言うところをみると、信じないわけにもいかないことを理解しているようだ。

「倫理観というものは、常に流動的なものだ。どうやら選挙にも興味がないらしいな。ちゃんと国民の投票で決定されたことだぞ」

 なんだろう。何かが食い違う。話がどうもかみ合わない。よく天然だとか、にぶいとか、もっと前を見て歩けだとか、自分のことばかり考えていないで周囲の状況も把握しろ、とかドッヂボールがへただとか言われるけど、いくらなんでもおかしい。

 けれど、何が原因でこんなことになったのかまるでわからない。

 そこで突然、茂みからガサガサと物音がした。二人はとっさに身構えたが、姿を見せたのはハマだった。
「置いてくなんて、ひどいよ〜」

 現れたハマに対し、ヤマは鋭い目つきをさらに鋭利にさせて睨みつける。ただの視線を刃物のように感じさせる人物を茜は初めて見た。

「ハマ、善良そうな顔で人を騙すくせはまだ直っていなかったのか」

「ヤマちゃあん、人聞きの悪いこと言わないでよ」

「事実だと思うが? いつもなら笑って許してやるが、緊急時にこれ以上のおふざけは迷惑だ。命の危険をともなってまで迷惑かけるということは、こちらに対して殺意があるとみなすがいいか?」

「ちょっと、待ってよ。僕がヤマちゃんなしでやっていけないことぐらいわかってるだろお。そんな怒らないでよ」
「そんなヘラヘラ謝られても、許す気が失せる。はっきり言って不愉快だ」

 二人のやり取りを少々呆れながら傍観していた茜はとっさにこの男の寛大な笑顔を浮かべている姿を想像してみた。が、どうもうまくいかない。こいつ、絶対ブスッとした顔で渋々許しているんだろうなあ、と思った。

「とにかく、時間がない。迅速に行動しよう。これから本部に向かう」
「本部?」

 茜が訊ねると、ハマが代わりに答えた。

「この計画の実行委員がいるところだよ」

 その答えにヤマが補足を加える。
「あくまで実験だからな。監視者がいないと何にもならない。だが、中のモノにその存在がバレると実験の意味がなくなるだけでなく、監視者にも危険が及ぶ」

「だから、ちょっと……いや、かなりこみいった手順をふまないと、本部に行けないんだよね」
「だが、本部までたどり着ければ、確実に安全だ」

 『確実に安全』という言葉が、逆に今の状況がいかに危険かを物語っているようで、鳥肌がたつ。 

「じゃ、じゃあ、急ぎましょうよ」

 茜がヤマの服の袖をつかみながらせかす。ヤマは掴まれた手を見下ろしながら、怖い顔をしている。急いでいたのに、それを質問攻めで邪魔したのは誰だ、とその視線は語っていたが、茜はあえて無視した。

 その時、ハマが唐突に、ヤマちゃん、茜ちゃん、と呼びかけた。
「どうやら、おいでなすったみたいだよ」
 あまりにも緊迫感に欠ける口調でいうものだから、またふざけているのかと思った。

 だが、ハマの視線の先を追うと、三人がいる遥か後方で、茜が今日一日で初めて目にする、「生物」の姿が確認できた。

 しかし……。

「ねえ、アンタたちの言うバケモノって、もしかしてあれ……、なの?」

 ヤマが低い声でそうだ、と答える。

「あのさ、私にはアレ、…………ハト、にしか見えないんだけど」

 公園や駅のロータリーでお馴染みのあのハトだ。全体的に青みのかかった灰色の羽毛、ところどころに白いまだらがあるような、あのハトだ。

 予想と全然違うっていうか、なんというか……。
 思わず気が抜けてしまう展開に茜は苦笑いを浮かべていたが、

 二人が、じりじりと後ずさりしていることに気がついた。ハマでさえ、かろうじて口元は相変わらず笑みを形作っていたが目が全く笑っていない。
 
 もう一度ハトをよく見ると、おかしなことに気づいた。というより、どうして一目見ただけでその異変に気がつかなかったのか不思議だ。だからこそ茜はぬけてる、とみなから言われるのだ。

 遠近感が狂ったのかと錯覚した。あんなに遠くにいるのに、いつも間近で見る大きさと変わらない。
 
 で、でかい。
 まわりの建物と比べて推測するに、三メートル以上はある。驚くべき巨大さだった。

「ねえ、ハトが食べるのってポップコーンとかだよね」
「うん、もちろんそうだけど、ハトってミミズとかバッタとか、動物性の食物も食べるんだよね」
「つまり……」

「食われる可能性は否定できないな」

 そ、そういう展開なの? 

「まだこちらの存在には気がついていないらしい。今ならまだ大丈夫、かもな」

 かもな、って何だよ! と茜は怒鳴ってやりたかったが、それどころではないので、言葉を飲み込む。

「ちなみに、茜ちゃんは五十メートル走るのにどれくらいかかるのかな?」
「八秒ちょっと、かな」
「じゃ、せいぜい人生の新記録更新できることを祈ってるぞ」

 それって、八秒台じゃ間に合わないってこと? そんな問いかけをする間もなくヤマに背中を押された。

「死ぬ気で走れ」

 不意に茜の頭に公園の広場でえさを撒いている人の姿が思いだされた。そのえさに向かっていくハトのスピードは、その小さな体の割りに異常に早かった――。

 


 ぷちあとがき

 バケモンの正体どうしようかなー。まったく思いつかねーよ、と更新を延び延びにしてしまいましたが、先日布団に入る前にいきなりピキーンとひらめきました。

名案だったかどうかは自分じゃ判断できませんが、これ以外にない、と思えてきまして。はは。
 平和の象徴のハトに追い回され、逃げ惑う主人公達。なかなか愉快じゃないですか。いや、三メートルのハトって意外に迫力あると思いますよ。あの赤く縁取られたまん丸の目がそれなりに迫力ある気がします。

 

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