今日の私って、不安がっているか、怒ってるかどっちかだね。

 

「茜ちゃんの家ってさー、新聞もとってないし、まあ、これは一人暮らしの女のコならそこまで珍しいことじゃないけど、テレビもパソコンもないなんて現代人とは思えないね。けど、それにしたってねえ」

 はあ、と、ハマはことさらゆっくりとため息をつきながら、日本茶をすすった。

「避難命令が一ヶ月も前に出てたの、何で気がつかないの?」

「避難?」

「正確には退去命令。ここ一帯は政府の実験場になるんだよ。住人は問答無用で追い出され、期限が切れるまで仮設住宅暮らしが余儀なくされるんだけれども、……知らないでしょ?」

 茜は眉間にしわをよせ、首を大仰に振ってみせた。
「初耳よ」

「茜ちゃんってもしかして、ひきこもりか何か? それとも自分の半径一メートル外のことは興味持てないタイプ?」

 その哀れみと呆れが入りまじったような物言いに若干の苛立ちを覚えたが、何やらただ事じゃない事態が現在進行形で展開しているようなので、茜はハマの質問には答えず、話の先を促せた。

「何の実験?」

「生物実験」

 生物実験。不穏な予感が茜の体内をうごめいているようだ。急に寒気がして、茜は自分の二の腕を握り締めた。

「僕たちだってくわしくは知らないよ? だって政府の最重要機密だもん。でもコレだけは断言できるよ。住民の人体および生命に多大な危険があるから、一人残らずこの街から避難するようにお達しがあったんだよ。実験が始まって無事でいられるわけもないよね」

 いつから日本がそんな無茶苦茶なことを国民の意向を無視して行うような国になったのか知らないが、それが本当ならここでのん気に話し込んでいる場合ではない。

「じゃあ。早く逃げましょうよ」

「ついさっき、正午と同時にすべての出入り口が封鎖されたから、もう出ることもできないし、誰かが中に入ってくることも不可能」

 意味がわからなかった。街というものに出入り口なんて存在しない。仮にあるとしても、無数に存在しなければ街としての機能が果たせない。

「今、この街はね、壁に囲まれているんだよ。自力じゃとても乗り越えられないような、たかーい壁にね。それも気づかなかった? かなり前から建設が開始されてたって僕は聞いてたけど?」
「…………」
「僕とヤマちゃんはね、茜ちゃんみたいに避難命令に気がつかないお間抜けさんと、知ってて立ち退かない頑固者の救助に派遣されてこの街にきたわけ。それでこの三日間、ずっとあっちこっちを駆け回ってた。それで、僕たちの担当地区、最後の救出対象が茜ちゃんだったんだ。今朝の時点では正午までにだいぶ時間があったからね。紳士的に待ってることにしたけど、茜ちゃん、窓から逃げちゃうんだもん。あせるよねー」

 ハマはケラケラと陽気に笑った。

「どうして逃げなかったの?」
 それが一番疑問だった。危険だとわかっているなら、ここにいたら死ぬとわかっていたら、どうして避難しなかったのだろう。

「だって、茜ちゃんみたいなかわいい女の子を見殺しにはできないよ」

 茜は開いた口がふさがらなかった。もしかして口説かれているのだろうか、とも一瞬考えたが、それよりも、どうしてこんな緊急事態に軽口をたたけるのか、そこらへんの神経が理解できなかった。

 その瞬間だった。がたん、と大きな物音をさせながら、怖い形相をさらにイカツクさせてもう一人の男「ヤマちゃん」が帰ってきた。

 キッチンに入ってくるなり、鋭い眼光で茜を一にらみした後、すぐに視線をハマのほうに移して怒鳴った。

「おい、ハマ。どうして戻ってきたならきたって連絡しないんだ。せっかくすれ違いがおきないように配慮したのに、意味ないじゃないか。人を駆けずりまわしておいて、自分は呑気に茶をすすってるだと? 何様のつもりだ!」 

 よく見ると、肩がかすかに上下し、汗もかなりかいている。駆けずり回った、というのは単なる比喩ではないらしい。

「だってぇ、茜ちゃんはたった今帰ってきたところなんだよ」

 同意を求めるようにハマがこちらに視線を投げかける。

「それに、もうタイムリミットの時間をすぎちゃったんだから、今さらジタバタしたってしょうがないじゃ〜ん。どうせもうすぐ死んじゃうしさ」

 茜は二人の男を交互に眺めてた。今朝は寝起きでじっくり観察することもできなかったことを突然思い出したのだ。

 この二人、性格的にも正反対なようだが、外見的にも対照的だ。ハマの髪は染めているのか地毛なのか、やや栗色がかった色をしてる。そしてヤマは漆(うるし)のように真っ黒だ。肌の色もハマは健康そうなほんのり小麦色をしているが、ヤマは病的一歩手前まで白い。

 服装だけは似ていた。というか、シャツの袖口と襟のラインの色を除けばほぼ同じだった。制服かなにかなのかもしれない。 

 しばらくの間は茜をほったらかしにしてイマイチ話のかみ合わない言い合いを続けていた二人だったが、ついにヤマが本格的にブチ切れた。

「死にたきゃ、独りで死ねばいい! おい、行くぞ」

 そう怒鳴ったかと思うと、いきなりヤマは茜の手首をつかんだ。

「え、え? 何?」

 だいたい、状況説明からして、まだ正確にはよくわかっていないのだ。いきなり腕をつかまれては、ますます混乱する一方だ。茜はとっさにつかまれた手を振りほどこうとしたが、かなり強い力で握られていたのでビクともしない。

「ジタバタすれば死なずにすむ」

 せっかく自宅に帰還したのもつかぬ間、茜は男に手を引かれながら再び家を後にした。



ぷちあとがき

 さーて、そろそろ無計画小説も破綻の兆しが見えてまいりました。どうしましょう。

 ハマヤマコンビの外見をちょっと記述してみました。歳とか書いてないですけど、文章だけ読んだ感じだといくつくらいに見えるんでしょうね。

 まあ、今のところ、のんびりさんのハマちゃんと、せっかちのヤマちゃんって感じですが、どういう設定だったらみなさんを驚かせられるでしょう? 実は女、とか?(笑)

 まあ、お楽しみに。(ただし過剰な期待はしないよーに) 

 

 

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