ジュウゴ
「どうして……?」 気がつくと口が勝手に動いていた。自分でも何が言いたいのかわからないのに頭が混乱していた。 どうして知っているんだ、という言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡っていく。 「わかるに決まってるじゃない。あなたの手紙だってことぐらい、すぐにわかったよ」 妖精は叫ぶように言った。泣いている妖精を見て心が痛んだ。今まで何度も僕の前で妖精は泣いていたのにどうしてあれほど無感情でいられたんだろうと今更ながら不思議になった。僕も悲しくなった。 そして、自分の意思とは関係なく言葉が紡ぎ出された。まるで自分がテープレコーダーになったようだとも思えたし、繰り返し読んできた本か何かをそらんじているようでもあった。 「僕は、君のためになら、どんなことでもしていいと思っていたのに………」 搾り出すように発した声はかすれて弱々しい。意味のある言葉として妖精の耳に届いているかどうかさえ疑わしい。それでも、僕をじっと見つめる妖精の瞳から目をそらすことができなかった。だから言葉を続けた。 「その気持ちに嘘なんてないのに、それなのに実際は君に触れることすらできないんだ。触れられるのは首だけ。首だけなんだ。僕は情けなくて惨めで…。前はこんなんじゃなかったはずなのに、よりによって君の時に……君のときに」 あとは上手く言葉にならなかった。舌がもつれ、あごが痙攣しているみたいに震えた。 すると妖精はおもむろに僕の手を取った。決して乱暴な手つきじゃない。むしろ控えめで頼りないほど弱々しい力しか込められていない。振り払おうと思えば、やつれきった今の僕の腕でも充分振り払えた。でも、僕はそうしなかった。そうしたくなかったんだ。 そしてゆっくりと妖精は導くように自分の首に僕の手のひらを当てた。忘れていた何かを思い出せそうな感触がした。それと一緒に水の感触。妖精の涙が頬とあごを伝わって僕の手にこぼれていた。 「いいよ。首だけで。………充分だよ」 そう言う妖精の横顔は酷く悲しげで、切なくなるほどはかなげだった。それなのに口のはしは確かに上がっていて、妖精が涙をこらえようとしているようにも、幸せそうに笑っているようにも見えた。 気がつくと、僕はまた何かを口にしていた。 それが何を意味する言葉なのかすぐにはわからなかったけど、静かにまばたきをする妖精の顔を見ていたら自然と理解できた。自分で口にしたその言葉が、渇いた地面に雨がそっと染み込むように僕の体にゆっくりと染みいってきた。 それはずっと忘れていた、妖精の本当の名前だった。 |