ジュウサン
妖精と二人きりの時、世界には僕と妖精の二人しかいないんじゃないかと思える事がある。 世界は想像するよりもずっとずっと小さい。この狭いアパートの一室だけが世界のすべて。それ以外は限りなく続く虚無だけが広がっている。そんなことを、考える。 けれど、妖精がここに………僕のそばにいない時は、僕だけが世界にいるのではなく、僕だけが世界にいないような気がしてくる。僕だけが味わう孤独感。 僕だけに襲いかかる疎外感。僕だけが取り残される。妖精も、僕以外の世界中の人が楽しそうにしているというのに、世界は笑顔と笑い声で満ちているというのに、僕だけがその中にはいることができない。この部屋が世界から切り離される。 そう、切り離されるのだ。二度と修復不可能なくらい完璧に、絶対的に、永久的に。妖精にも二度と会えない。 そこまで考えると、もうそれが自分の妄想にすぎないのか、現実のことなのか区別できなくなる。つらくて苦しい気持ちが僕の頭の中をぐちゃぐちゃにかき乱す。 どうせなら、本当に原型をとどめないくらいに僕の頭が物理的にぐちゃぐちゃになってしまえば、こんなことも考えなくてすむのに………。頭をいくら掻きむしっても、そこには頭蓋骨の硬い感触があるだけだ。 こんな無意味な身体、今すぐにでも朽ちて、ぐちゃぐちゃになってしまえばいい。僕は吐き捨てるように心の中で呟いた。 今の僕は独りだ。息苦しいほどの寂しさと辛さを紛らわすために、妖精の姿を思い描こうとするけど、どうしてもうまくいかない。思い出せるのは最後に見た妖精の後姿だけだ。僕に背を向けた姿だけだ。 僕の部屋を出て行く時の妖精の背中を見るのは何より辛い。布団に寝ている僕にはのれんが邪魔をして玄関の扉を開けている時の妖精の顔を見ることはできない。物理的に不可能だということはわかっているはずなのに、なぜか妖精の表情がいつも頭の中にはっきりと浮かんでくる。 僕の頭の中での妖精は、もう二度とここには戻ってこないかもしれない、そんな風に思わせる寂しげな瞳をしている。それでいて同時に肩の荷が下りたような安堵感につつまれた表情を浮かべている………。 そんなのはただの妄想だ。妖精は必ずまたここに来るにきまっている。自分に強くそう言い聞かせるけど、それこそ根拠のないただの願望にすぎないと心のどこかではちゃんとわかっている。 早く帰ってくればいいのに。浅い眠りに落ちていくまでそう願い続ける。それは『祈り』に近い行為だ。 静まり返った部屋で秒針の音だけが僕を責めたてるようにはっきりと耳に響く。一定のリズムを刻んでいるはずのそれがメチャクチャな雑音になると妖精が出ていったのがついさっきのことなのか、昨日のことなのか、それとも遥か昔のことなのかもう僕に判断はつかなくなる。 スピードを確実に増していくこの狂った時計の針の音がヒールの音だったらいいのに。耳をふさいでも聞こえ続けるこの耳障りな音に吐き気を覚えつつ、僕はそんなことをぼんやりと考える。 階段を駆け上がるヒールの音だったら永遠に聞き続けたってちっともかまわないのに………。 |