うちの地元にはある都市伝説がある。
たいして都会でもない、むしろ片田舎のくせに『都市』伝説とはいかがなものかと思うが、まあ今はその話は関係ないのでおいておく。俺が小学生の時にはすでに認知度はかなり高かった。おまけに、この前近所に住む小学三年生のいとこに聞いたらそいつも知っていた。これは相当根強い。
で、どういう内容かと言うと、電話ボックスにまつわる話だ。このへんのガキが外で遊ぶとしたらたいていここで遊ぶ、という定番の公園がある。そのそこそこ広い公園の隅にぽつん、と一つ電話ボックスが設置してあるのだ。
そしてその電話ボックスにおいて、真夜中十二時、つまり日付が変更してから、きっかり三分以内に自分の家に電話をかける。すると不思議なことに自宅にはつながらず……。
その先は諸説あって霊界につながるとか、死神が電話に出て自分の死に様を強制的に教えてくるとか。
俺が小学生の時は霊界説が最有力だったが、いとこに聞くとその説はもう下火で、今最も認知度の高い説では、未来の結婚相手が出るそうだ。
怪談風味な話がいつからそんなロマンチックなものになったんだ。納得いかん。と思わず憤慨した。今だから言うが、小学生の時の俺は本気でその都市伝説を怖がり、その話が出るたびに顔をひきつらせたものだ。面白がった一部のクラスメイトはことあるごとにその話題をふって俺をビビらせた。ストレスのたまる日々であった。
しかし、きっと俺のような怖がりがいて、じゃあ怖い話じゃなくすればいいんじゃないか、と思いつき、むしろ楽しい話にしてしまえとばかりに話を変えていったとしても、何もおかしなことはない。しかし、そこには奇妙な、そして決定的な相違点が一つだけあった。
肉まんを片手に行なわなければ効力がないらしいのだ。
はあ? 肉まん?
大学に入学してから一年がすぎ、小中と仲のよかった五人とプチ同窓会を催すこととなった。場所はファミレス。ショボイことこの上ないが、皆金欠なので仕方がない。
特に俺なんかは自宅から通える所に校舎があるにもかかわらず、自主性を育むためとか言って家から追い出された。そして最低限の仕送りで暮らしているので常に金がない。ま、もちろんいいこともある。一人暮らしはいつかしてみたかったし、それに何より実家は駅から遠いが、今のアパートはボロく狭い代わりに駅の徒歩圏内にあるので、朝ゆっくりできる。これは大きい。
今日集まった連中は一人暮らしを始めた俺以外、皆、学区内、つまり会おうと思えばいつでも会える近所に住んでいるが、いざ学校が別々になってしまうとめったに顔を合わすことはない。久しぶり会う友達ってのはとかく新鮮なものだ。
お互いの近況に始まり、徐々に中学時代、小学校時代へと思い出話がさかのぼっていく。
ふと、例の都市伝説、電話ボックスの話になった。最近いとこからその話を聞いたばかりだったので奇妙な偶然を感じつつ、その話題は懐かしさも手伝ってかなり盛り上がった。
俺が怖がることを承知でからかっていたヤツから、あの時は悪かった、ごめんな、という十年ごしの謝罪の言葉も聞けた。おお、友よ。大切なのは許し合う寛大な心なのだよ。実は密かに根に持っていたが、今日できれいさっぱり水に流すとしよう。
すっかり満足した気持ちでいると、
「しかし、結局、あの電話使うとどこにつながるんだ?」
という疑問の声があがった。
皆、何言ってんだ、どこも何も家に決まっているだろ、という顔をした。しかし、次第に疑問を口にしたヤツのペースにハマっていった。
そしていつしか、「じゃあ、試してみねぇか」という流れになっていた。
思わず、馬鹿ヤロウと大声で叫びそうになった。しかし、またビビリと思われても面白くないのであえて黙っていた。
そんなふざけた提案は単なる冗談として笑って流されることを切に願った。が、お、ソレ面白そうじゃん、などという無責任な誰かの発言によって決行されることになった。
「複数でゾロゾロ行っても面白くないから、誰か一人が行くことにしねえ?」
「お、季節外れの肝試しってヤツだね」
「んじゃ、どうやって行くヤツ決めるよ?」
「面倒だからジャンケンとかでいいんじゃないか」
「まさに単純明快。しかも小学生ちっくな決め方でいいんじゃねえの」
という一連の流れでジャンケンをすることになった。
ジャンケンか。やってやろうじゃないか。今こそ第六感を目覚めさせる時だ。俺は必死に頭の中で念じた。よし、見えるぞ、俺が出すべき手は……グーだ!
しかし俺以外の全員が突き出した指は見事に開かれていた。
そんな。一発負けかよ。
俺一人だけ急激なテンションダウンとは正反対にみな、「よーし、お前に決定!」とはしゃいでいる。
馬鹿らしい。ま、子どもっぽい君たちに付き合ってやるよ、という顔を努めて作ったが、若干ひきつっていたかもしれない。
この後、俺はバイトの予定が入っていたので、居酒屋にもカラオケにも行かずに、ずいぶん早いお開きとなった。
「んじゃ、明日の夜は空いてんだろ? 電話ボックス行きは明日だな」
何がそんなに楽しいのか人の背中をバシバシ叩きながら嬉々とした口調で勝手に決める。
「一人で行くからってばっくれんなよ。証拠に写メ撮ってこいよな」
「写メ?」
「携帯で写真撮ると、その時の時刻が記録されるだろ? だから十二時ちょうどに電話かけてるところの写メを、後日確認させてもらうからな。絶対行けよ」
いったい都市伝説の真相を確かめてコイツに何の利益があるんだ、って問い詰めたくなるような念を押した言い方だ。辟易する。他人の不幸は蜜の味ってか。
各々帰っていったが、偶然方向が同じのヤツがいた。二人でしばらく歩いていると、まだ電話ボックスの話を続けていた。
「友達に聞いた話なんだけどさ、ほら、中学ん時柿崎っていたろ? あいつ、小学校は俺たちと別だったよな。その時のクラスにいたらしいぜ」
「何が?」
と、訊くと、声をワントーン落としたおどろおどろしい口調で答える。
「実際に試したヤツ」
騙されるな、俺。『友達の友達の話』じゃあまりにも嘘臭いから適当な実名を出して信憑性を増そうっていう陰険な策略だ!
小学生の時とは違い、ポーカーフェイスのテクを身につけていた俺はいたって平然とした顔に軽く笑みまで浮かべ、余裕を見せ付けた。
「へえ、で、そいつはどうなったんだ?」
「まだ小学生だからさ、夜中に一人じゃ外出させてもらえなくて、親に見つからないようこっそり家を抜け出したんだと。で、自分ちに掛けたらずっと話し中だったんで、なんだつまらないと思ってすぐに帰ったんだってさ」
なんだ。その程度の話ならホントにあったことなのかもしれない。
「でもさ、夜の十二時つったらけっこう遅い時間じゃん。そんな時間に家族は誰と電話してたんだろって不思議に思って、次の朝何気ない顔して、昨日誰と電話してたの? ってきいたんだ。したらさ、家族の全員から、電話なんてかかってきてないし、誰もかけてないって答えが返ってきた。じゃあ、話し中だったあの回線はどこと通じてたんだろうなあ」
「ど、どうせ受話器が外れてたとかそんなオチだろ。馬鹿らしい」
「そうなのかもなあ、でもその次の日、ソイツ、学校の帰り道でその時のことを自慢げに友達に話してたらしいんだ。で、あらかた話し終えたとたん、「忘れ物した。悪ぃけど、先帰ってて」つって学校に戻っていったんだってさ。で、そのすぐ後、交通事故にあってさあ。命は助かったけど、例の電話ボックスの呪いだって一部じゃ騒がれたらしいぜ。話し中でその程度なら、電話がつながっちまったら、いったいどうなるんだろうなあ?」
キヒヒと嫌ぁーな笑い声を残していってしまった。
うざい。なんてうざいんだ。ちょっとだけ(いいか、ちょっとだけだぞ?)怖くなってきてしまったではないか。思えば、怖がる俺を率先してからかっていたのはコイツだった。水に流すのはやめよう。一生、根にもってやる。
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