次の日、午後十一時五十五分頃、アパートから原チャリに乗り、例の公園までやってきた。
携帯電話の普及率が上がり続ける中、公衆電話は撤去されつつある。もしかして、もう存在しないかもしれない、と多少の期待を持っていたが、果たして電話ボックスはちゃんと昔どおりにあった。いまだに小学生の口にのぼるくらいだから当たり前といえば当たり前か。
周りは民家だらけ、というか民家しかないので、十二時前くらいになると、もう静まり返っている。ぼんやりとした街灯の光が妙に薄気味悪い。
俺はいったい何をやっているんだろう。「えー、あれってただの冗談だろう? ホントにやるわけないじゃん」と開き直ることもできない、中途半端に小心者で律儀な自分が憎い。
おずおず電話ボックス内に入った。公衆電話なんて何年ぶりだろう。
十二時になったことを手元の時計で確認した後、受話器を首に挟み、コンビニで買ってきた肉まんを顔の横に掲げながらもう片方の手に持った携帯で写真を撮った。
この写真さえあれば、クソマジメに電話をかけずに帰ってしまっても追及されないだろうが、さりげなく陰湿なヤツらのこと、隠れてこちらを観察しているかもしれない。そうして俺は一生ビビリのレッテルを貼られ続けるのだ。面白くない話だ。
あきらめて、十円を入れた。あんまり利用頻度は高くなさそうだが、ちゃんと作動するもんなんだなあ、と妙なところに感心しながらボタンを押す。
数コールの後、……つながった。
「はい、もしもし」
聞き間違えるはずもない。実の母親の能天気な声だった。
「あ、俺だけど」
「何? こんな遅くに?」
もちろん特に用があるわけがない。
「ああ、いや、その、どうしてるかなーって思って」
「今更ホームシックになってんの」
「そーいうわけじゃないけど、あはは」
ふっ、都市伝説なんてこんなもんさ。馬鹿らしい。ホント馬鹿らしい。無駄に心拍数が上がっちまったじゃねえか。時間も神経も完全に浪費した。
適当に笑ってごまかして通話を終わらせ、ふぃーとため息をつく。しかし、受話器をもとに戻したところで、違和感に気がついた。
今、思わず、小学生に戻った感覚で電話してしまったが、あれだよな、今のは実家で、今の自分ちってのは俺のアパートってことになるの、だろうか。
一人暮らしだが、俺のアパートにはちゃんと電話がある。携帯さえあれば固定電話なんていらないのだが、母親に『あんた、携帯電話を水につけたりしてすぐ壊すでしょ。何かと不便だから固定電話くらいつけなさい』と強く主張するので意地になって反対する理由もなく従ったのだった。
腕時計をのぞくと、デジタル数字はちょうど十二時二分になったとこだった。都市伝説のタイムリミットは三分以内か……。ふん、馬鹿馬鹿しいにもほどがあるが、ここまでくると、自分の中に好奇心が芽生えてくるから不思議だ。
俺は再度十円玉を入れ、自分のアパートの番号をプッシュした。
がちゃ、と電話が繋がる音がした。しかし、驚くことは何もない。留守電機能に切り替わっただけだ。
ただ今留守にしております。ピーという発信音の後にメッセージをどうぞ。という味気ない自動音声が聞こえてくる、はずだった。
……。
……。
奇妙な間。おかしい。どうして何も聞こえてこないんだ。これじゃあ、まるで誰かが電話をとって、黙っているみたいじゃないか。
耳に押し付けた受話器から、徐々に、かすかな重低音が聞こえてきた。電話口に直接声を出しているのではなく、その周りで複数がぼそぼそと不明瞭な声を出しているようだ。おどろおどろしい和音になっている。
悪寒が全身をよぎる。そのままダッシュで逃げようとしたが、二秒で我に返った。
ちょっと待て。
わざとらしく低いせいでわかりづらいが、このメロディーは……ハッピーバースデーの歌じゃねえか!
「あはは、なーんちゃってね。びっくりした?」
突然発せられた女の声には聞き覚えがあった。あるどころの話じゃない。
「千夏!?」
何を隠そう俺の、彼女だ。
ど、どういうことだよ、と問い詰める前に千夏がありえないくらい明るい声をだした。
「二十歳の誕生日おめでとー」
ぽかん。
「あ、やっぱし自分の誕生日忘れてる」
いや、違うぞ。俺の誕生日は明日……いや、日付が変わったから今日でいいのか。
「なんで自分の生まれた日忘れられんの?」「一年で唯一他人にたかれる日なのに」という声がチラホラ聞こえた。この声は間違いない。昨日集まった連中のものだ。
「なんで俺の部屋にいんだよ」
心の声がそのまま口に出た。受話器の向こうからいっせいに笑い声が聞こえた。
真相はこうだ。要するに全部仕組まれていたのだ。
千夏とは幼馴染で、つまり昨日プチ同窓会に出席したメンバーとも顔見知りだ。合鍵を持っている千夏が俺の部屋でのサプライズパーティーを思いつき、今日のメンバーに俺を家から遠ざけるよう根回ししていたらしい。
電話ボックスの話題が出たことも(そーいや、いとことの話を千夏にしたばっかりだった)
実際に試そうという話の流れも(見事な誘導だ)
じゃんけんの結果も(六人で勝負して一発で決まるわけがなかったんだ)
みんな事前に計画されていたことだった。
脱力感が俺を襲う。芸能人でもなく、カメラも回ってないのに、ドッキリに合ってしまった。
誕生日を祝ってあげたいという千夏の気持ちはもちろんありがたいが、俺は心臓に悪いことは嫌いだし、人生にスリルを求めるタイプではないことをこれからはよく言ってきかせなければならないみたいだ。
「そんなに怒んないでよ。ハタチだから、思い出に残るお祝いの仕方をしてあげたかったんだって。ケーキも用意してあるから、みんなで食べよう」
あくまでも陽気な千夏に適当に相づちをうって受話器を置いた。
やたらと深いため息の後、電話ボックスの外にでる。
んん? そういえば……。
ふと、いとこの言葉を思い出した。
最近の都市伝説で有力な説は、未来の結婚相手が出る、とかなんとか言ってたな。
するっていうと、つまり、千夏が……。
俺は思わずニヤついた。
これはなかなかのバースデープレゼントじゃねぇかよ。
だが、しかし、本気で怖かったのも事実。確実に寿命が縮まった。三年はかたい。
千夏はかわいいから無条件で許すとして、他のヤローは満面の笑みでボコすことにしよう。
自分のアパートに帰ろうとしてまだ肉まんを手に持っていたことに気が付いた。買ってからずいぶん時間がたってしまっている。が、このまま捨ててしまうのも気がひける。仕方なしに肉まんをほおばった。案の定、冷め切っていてうまいとは言い難い。
しかし、不思議と悪くない味がした。
(了)