い話が好きな
『収集編』


 駅前で偶然知り合った女はよほど怪談話が好きらしい。
 友人が車で迎えに来るのを待つ間にもう一つ話を聞かせてくれるという。女は先程と同様、淡々と、でもとても楽しそうに話を始めた。
 今度のタイトルは『収集癖』というらしい。

  ある少年はコレクションする趣味があったんです。
  彼の変わっているところは、何か特定の物を集めるわけじゃないんです。手当たりしだいなんでも集めました。収集し、分類し、保存する、その一連の動作が好きだったみたいですね。
  そんな収集行為をひたすら繰り返す。これだけが彼の唯一の生きがいでした。
  彼はよく高校の友達とカラオケに行きました。そんなありふれた遊びにおいても彼の収集癖に火がつくんです。
  四六時中、収集のことだけ考えているような少年でしたけれど、周りにはそれを気づかせないくらいの器用さを持ち合わせていたんです。
  よく自慢にしていましたが、彼はカラオケに関してはあちこちから引っ張りダコでした。
「カラオケでも行く?」「じゃあ、あいつも呼ぼうよ」なんて会話はクラス中どころか学校中で繰り返され、高校内に限らず昨年卒業した中学校のメンバーからもお呼びがかかるほどでした。
  なぜかと言えば、彼がいるだけで場が華やぐからです。
  トップバッターを積極的に買って出ては歌いやすい雰囲気を作り、選曲はアップテンポのノリのいいものだけをチョイスし、歌っている子の合の手も絶妙なタイミングで入れる術を心得ている……といった具合で、彼一人がいるだけでテンションは最高潮に達するのでした。
  まあ、いわば道化と呼べる存在だったのかもしれません。
  顔も、見るだけで吐き気を催すほど酷くはないですけれど、街で逆ナンされるほどオトコマエってわけじゃありませんでしたし。黙って大人しくしてると人に印象を残さない平凡な顔立ちってところもポイントだと思います。
  小柄な彼がハキハキ動きまわると、それだけで見ていて飽きないですしね。
  で、本題に戻しますが、そんな風にサービス精神を十二分に発揮しながら彼はこっそり収集作業を遂行していきました。
  たとえば割り箸です。彼に言わせると、カラオケの割り箸って店ごとに比べるとかなり面白いそうです。おてもとって書いてあるだけのもあれば店のロゴ入りだったり。
  だからなんだといわれると答えようがないんでしょうけど、とにかく彼にとって、そんなことが快感だったようです。
  高校生の割り勘は一円単位ですから、「細かいのないんだけど」「あ、オレ十円玉あるよ」「明日返すから百円貸しといてくれない」と各々の財布を開きながら、必死に計算するさまは彼にとって本当に滑稽な風景に見えるそうです。
  彼は一仕事終えた爽快感で、逆に愛想がなくなります。
  けれど、携帯の計算機に慣れ、暗算が大の苦手になっている皆さんには会計の時はけっこう精神的重労働でそのことには誰も気がつかないみたいです。

  自分の部屋に戻ってくると、彼はさっそくコレクションの分類と保存の作業を開始します。
 灰皿一つ。
 割り箸二膳。
  ストローが一本。
  指紋や汚れをふき取った後、小さなビニール袋に丁寧に入れます。採取日をメモしたシールを貼るのを忘れることもありません。
 彼のその日の収穫はこれだけにとどまりません。
 携帯電話一機。 それはクラスメイトの永沢くんのです。ないことに気がついて慌てるでしょうが、それは彼の知ったことではありません。
 一円玉、五円玉、百円玉が三枚ずつ。五百円玉が一つ。
  彼が本気を出せば、もう少し盗れたでしょう。でも高校生からあんまり盗っちゃかわいそうだということで小銭だけにしているのです。
  彼は心根はとても優しい少年です。
 それに、入学祝に買ってもらったと散々自慢していた宮里さんのブランド物の腕時計なんて大物も無事に収集できたのですから、彼は大いに満足していました。
  専用の箱にそれらをしまって、彼は一人満面の笑みを浮かべました。
  さあ、次は何を集めよう。 そんなことを考えながら。

 「という話でした。あれ? あんまり怖くなかったですか?」
「いえ、そんなことは……」
 男は女に気を遣ってそんな風に言ったが、実のところ、今回の話はさほどの衝撃はない。
  精神的な歪み、倫理観の喪失といった側面からみれば十分怖いのだが、物語としての怖さはあまり感じなかった。
  若干身構えて聞いていた男は少しだけ安堵した。
「私が彼から直接その話を聞いた時はちょっと怖かったですよ。たった16歳なのに、何年も前からそんな趣味があったって言うんですもの。何年って、ヘタしたら小学生でしょう? それはさすがに……」
「知り合いの話だったんですか」
  てっきりフィクションだと思って聞いていた男にとっては意外な発言だった。
「ええ。知り合ったのはごく最近ですけどね。彼と私が親しくなったのは、偶然趣味が一致したからなんです。それはもう、話があっちゃって」
「趣味が一致、ですか」
  男は戸惑い気味に瞳をゆらした。
 今の話の流れからすると、この目の前の美しい女にも利益目的でもなんでもない、意味のない窃盗癖があるということになる。
 男は一瞬はっとして、思わず自分の財布と携帯電話の存在の有無を確認した。素早くポケットと鞄の中をさぐると、ちゃんと男が仕舞った通りの場所と位置にそれらは納まっていた。
「やだ。そんな心配なさらないでくださいよ」
  男が慌てふためいた仕草をしたのが可笑しかったのか、女は噴出すようにして笑った。
あまりにも失礼な態度をとってしまったことを自覚した男は、すぐに謝罪の言葉を口にした。
「すみません。あなたの話し方がお上手なので、つい」

「いいえ。お気になさらず。それに、私の言い方も悪かったんです。彼と私の共通点は収集癖があるという点のみで、私は彼みたいに何でもかんでも、ってわけじゃないんです。高級腕時計とか、携帯とか、何の興味もありません。私が集めているのは一種類のみです」
「へえ。では何をコレクションしているんですか」
  女はその質問を『待っていました』と言わんばかりに屈託のない笑みをこぼした。
「なんだと思います? ふふ。怖い話の次はクイズでもして時間を潰しますか」
  男はちらりと腕時計をみやった。迎えを頼んだ車はまだ来ない。
「クイズ、いいですね。クイズならヒントをくださいよ」
「そうですね……サイズ的には大きいほうじゃないかしら」
「大きい?」
「ええ、今の話の彼が集めるものよりずっと大きいです。実はここに来たのはそのコレクションを保管するためなんです。集めるのは大好きなんですけど、かさばるのが悩みのタネで。さすがに家に収まりきらないのでこうして田舎に土地を借りて……あら、田舎だなんて失礼」
「いいですよ。本当のことですから。と、いうことはあのトランクの中にコレクションが入っているわけですよね」
  女の脇に置かれたキャスター付きのトランクに視線を注ぐ。
確かに国内旅行をする鞄にしてはかなりのサイズだ。しかし、女自身の衣類や化粧道具なんかも入っているだろうから、それらを勘定にいれるとすれば、大きいといっても、大したものは入っていないのだろう。
「そうですね。人形、とか」
「違います」
「じゃあ、服、かな。毛皮のコートとかかなりかさばりますよね」
「はずれです」
「ん〜? わからないなあ。さっきの「彼の話」の中にヒントはありますか」
  男が頭を掻きながら訊ねると、少しびっくりするくらい大きな声で女が笑い出した。 笑われる意味がわからず、男はまじまじと女を見つめた。
  やがて発作のように口から吐き出されていた笑い声がおさまると、女はやっと男の質問に答えた。
「ヒントどころか。答えそのものですよ」
 答え、そのもの?
 それは、どういう意味なんだろうか。先ほどの話の中に、さほど大きな物がまじっていただろうか。
 なかったように思う。あるとすれば……。
 そこで男は思わず嫌な想像をしてしまった。
 まさか、さすがにそれはないだろう。男の想像が正しければ、こんなところで初対面の自分にこんな話をするとは思えない。
 そうは思ったものの、一度ひらめいてしまった考えは自分の意思とは関係なく、想像を膨らませていく。男は自分の身体を限界まで折り曲げた時の大きさを頭の中で思い描いた。
  無理だ。とてもあの中には入らない。
 しかし。
 もう一度、女の話を思い出す。
 彼はまだ成長期中であろう高校生。しかも自分とは違い、体格は小柄らしい。
 いいや、不可能だ。それでもあの中に入るわけがない。
 ただし。
  女が『原型』にこだわることなく、バラバラの状態なら――。
「さあ、私が集めているのはなんでしょう?」
  男は頭に思い浮かんだ『答え』を振り払うため、必死に考えているフリをした。
  見まいとしても、大きなトランクが嫌でも視界のすみに映りこむ。

(続く?)


ぷちあとがき

前回、「ぷちあとがき」で続くかどうかわからないと書きましたが、私自身、七割がた続かないだろうと思ってました。
が、続きました。いやあ、無駄に伏線張っておくものですね。大きなトランク。

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