嘘仲間
不老不死、万能薬、錬金術、未知の力、不可思議生物……。
いつの時代にも、そういったものを信じて求める頭のおかしな奴っていうのはいるもんだ。
人魚の鱗を飲めば死なない身体が手に入る、エルフの心臓を食らえば不思議な力を得られる、龍の涙で願いが叶う、そんな馬鹿げた話、信じるだけでもおかしいっていうのに、そのために人魚やエルフや龍を探し求め、挙句の果てには虐殺してしまうなんて。
そういう話のあれこれが伝説でしかありえないのは、そういう現実があるからじゃねぇか。
誰もがそいつらを追いかけて虐げたりしなければ、人魚もエルフも龍だって、伝説扱いされるほど希少な存在にはならなかったんじゃねぇか?ってな。
俺は、実際に人魚やエルフや龍に、そういう不思議な力があるかどうかは知らねぇけど、……そもそも実際にそういう生き物がいたのかどうかも知らねぇけど、けれども俺の仲間は、実際そういう不可思議を持つ生き物として、今、人間に追われている。
天使の涙は宝石に変わる。
いつからそんな伝説があるのか、俺は知らねぇ。
でも、俺の仲間は、天使の生き残りだなんて言われて人間に追われている。
俺は、仲間を逃し、ただひとり囮として捕まった。
そして。
どこかも分からない冷たい地下牢で、俺は今、拷問を受けている。
パァンッ!
「っ……!」
もう何度目かも分からない鞭に、俺は息を詰めた。力を抜いたほうが痛くないことは分かっているけど、鞭がしなる音に、俺は身をすくめずにはいられなかった。
サディスティックな拷問執行人は、泣きもせず、また仲間の居所も吐こうとしない強情な俺に、これも何度目か分からない質問を投げかける。
「もうこれ以上痛い目見るのは嫌でしょう……? 早く仲間の居場所を教えなさい。そうすれば、もう鞭で打たれることはないのよ?あなたがあの天使たちの仲間であることは、分かっているの」
鞭で打たれたところも、天井から鎖で繋がれてる手首も、もう多分出血どころじゃなくなってるだろうな。勿論痛くないはずがない。でも俺は、泣くわけにはいかなかった。
……こいつ、馬鹿だなぁ……。
俺は、冷淡に優しい声で囁く執行人に対し、ぼんやりとそんなことを思っていた。
嘘に決まってる。見え見えの嘘じゃねぇか……。
優しい声は嘘っぱちだし、もう鞭で打たないっていうのも嘘じゃねぇか。だって、天使の涙が欲しいんだろ?だったら泣くまで鞭で打つに決まってらぁ……。俺にだって分かる嘘じゃねぇか……。
「ねぇ、悪い話じゃないのよ?今すぐ正直に仲間の居所を教えてくれたら、あなただけは助けてあげてもいいわ……?」
うっとりとねっとりと、執行人は囁く。……顔の傷に舌を這わされ、俺は涙の代わりに反吐が出そうだ。
なぁ……、こいつ、本当に馬鹿だよ。
俺が本当のことを話したら、こいつ一体、どんな顔するんだろうな。
嘘なんだ。
俺が、あいつらの仲間だってこと。
確かに俺はあいつらの仲間だけれど、あいつらと同じ天使じゃない。俺は泣いても涙が宝石になったりしねぇんだよ。
それを知ったら、……こいつ、また鞭で打つかなぁ……。
パシーンっ!
俺の嘘を知らないまま、またひとつ、鞭が走った。
「あなたも馬鹿ね。いい加減本当のことを話なさい」
執行人がまた何か言っている。
あいつらは、もう無事に逃げ出せただろうか。
俺は、途中まで一緒に逃げてきた仲間たちのことを思いながら、同時に、全然関係のないことも考えていた。
本当のことってのは、一体何なんだろうな。
俺とあいつらが仲間だっていうのは嘘だ。執行人が言ってることだって全部嘘だ。
嘘ばっかじゃねぇか。本当のことなんて何一つありはしねぇ。
たとえば、俺があいつらとは違う、ただの人間だってこと。
じゃあ、本当の人間ってなんなんだよ。
そもそも天使なんてもの、誰が信じた“本当”なんだ?
だったら俺がただの人間であることなんて、嘘っぱちみてぇなもんじゃねぇか。
たとえば、俺があいつらの仲間だってこと。
でも、俺はこいつが言うようなあいつらの仲間じゃあないんだから、それだって嘘だ。
今この状況で、俺の仲間と言えるような奴はどこにもいやしねぇ。
だったら、俺の“本当”の仲間は…………。
考えて、俺は哂った。
「何がおかしいのよ」
突然笑い出した俺に、執行人は一瞬たじろいて、その一瞬の後にはまた鞭を振るってきた。
おかしいな。おかしいったらない。
俺は自分の考えに笑わずにはいられなかった。おかしくておかしくて、涙が出そうだ。でも、俺は泣けねぇ。笑い泣きを堪えるのがこんなに難しいことだなんて知らなかったぜ……。
「ついに気でも狂ったっていうの?」
ははっ。何言ってんだよこいつ。ほんと、馬鹿だなぁ……。
でも俺もこいつに言わせりゃ馬鹿なんだ。
だって仕方ねぇだろ。俺とこいつは仲間なんだから。
嘘つき仲間。
馬鹿仲間。
言葉にするだけ馬鹿らしくて笑えてくる。
笑えて笑えて涙が出そうだ。でも泣くのはだめだ。
っていうか俺も馬鹿だな。泣きたきゃ泣けばいいのに。
パシィィッ! パァンっ!
狂ったような鞭の音がうるせぇったらない。笑いたいのに笑えねぇじゃねぇかよ。
それでも俺は笑っていた。
俺が本当のことを話したら、こいつ一体、どんな顔するんだろうな……?
あいつらは、もう無事に逃げ出せただろうか。
俺は俺の仲間を思いながら、もう何度目か分からない鞭の音を聞いていた。
<end>