刻一刻と時間が迫っている。早く何とかしなければ。
ピッ、ピッ、ピッ、という規則的な電子音が狭い部屋に響いていた。そして同時にソレに大きく表示されたデジタル数字がどんどん小さくなっていく。数字が00:00:00になった時、おそらく……爆発する。
タイムリミットは、あと十分。
街中でいきなり数人の男に囲まれ、拉致された。気がつくと、私は四畳もなさそうな部屋に爆弾と一緒に監禁されていた。これがどれくらいの破壊力をともなう代物なのか私には判断できない。
だが、しかし、こんな狭い部屋で、なおかつ爆風や飛び散った破片を防げるようなものが何もないこの状況では、たとえ少量の爆薬でも、死ぬ可能性は限りなく高い。
そう、この部屋には本当に何もない。家具もない。窓どころか扉さえない。いったい私が眠っている間にどうやって私をここに運び入れたのか不思議でたまらないが、今はそれどころではない。
この部屋にあるものといえば、天井からぶら下がっている時代錯誤な裸電球。それから爆弾。そして一枚の紙切れだけだった。その紙切れにはこう書いてあった。
『数字がゼロになったら爆発する。阻止する方法はただ一つ。魔法の言葉を入力することだけだ。 THE MAGIC OF CINDERELLA』
「マジックオブシンデレラって何よ。知らないっつの。何がシンデレラの魔法よ。ふざけるのもいい加減にしてよ!」
怒りにまかせてそう叫んでみても、むなしいだけだった。数字は残酷なほど規則正しく減っていった。
ここは冷静になって危険回避の方法を考えたほうがよさそうだ。私はまじまじと爆弾を見つめた。爆弾には赤と青のコードがわかりやすくはみ出していた。どちらかを切れば助かるというお決まりパターンそのままだが、ハサミもカッターも持っていないので実行不可能。よって却下。
爆発の威力が届かない所まで避難するというのが一番安全そうではあるが、部屋中をくまなく探しても出口は見つからなかったので、これも却下……とすると、紙の指示通りにするしかなさそうだ。
爆弾にはボタンがついていた。あいうえおの五十音に加えて濁音と半濁音のついたがぎぐげご、ぱぴぷぺぽのようなボタンが別にあり、さらに伸ばし棒やら小さな『っゃゅょ』まであった。そして数字が表示されているのとはまた別に『ここに入力しろ』と表示されたディスプレイが一番下についていた。
魔法の言葉っていうのはたぶん解除キーになるパスワードを入れろってことだろうけど……。
シンデレラ、か。手荷物は男どもに全て盗られたらしいが、腕時計だけは無事だった。何気なく見ると、午後十一時五十六分だった。爆弾の表示は00:04:00を示していた。気がつかなかったけれど、この爆弾が爆発する時刻はぴったり十二時。ちょうどシンデレラの魔法が切れる時間だ。何か関係があるのだろうか。
十二時。シンデレラ。魔法。切れる……。これは今の状況をたとえているのか? 十二時の鐘が鳴りやむイコール魔法が切れる。そしてそれは爆発を意味しているとすると、十二時になるイコール死ぬ?
いやいや、待て待て。物語のシンデレラは死ななかったぞ? 最後はハッピーエンド。王子様と幸せになるんだ。なんでだっけ? 物語に爆弾なんか出てこないからだよ、なんていうつまらないつっこみは入れないとしても…、あれ? なんで魔法が解けちゃったのに幸せになれたんだっけ?
ふと紙の文句が目に入る。ザマジックオブシンデレラ。十二時になっても解けなかったシンデレラの魔法は? 唯一の魔法――そうだ。ガラスの靴だ!
爆弾に手を伸ばそうとすると、ビーーーという今までと比べて格段に耳障りな音が大音量で流れ出した。見ると残り時間は三十秒を切っていた。間違いない。これは爆発前の警告音。
ちょうどシンデレラに十二時を告げた時計塔の鐘の音のように、それは無慈悲に鳴り響いていた。私は急いでボタンを押すことにした。あまりの緊張に指が震えるのをなんとかおさえつける。
がらすのくつ
つ、の文字を入力した瞬間頭が真っ白になった。一文字スペースが余る。え? なんで?
『がらすのくつ』の六文字では『ここに入力しろ』という七文字の『ろ』の部分が余って、『がらすのくつろ』になってしまっていた。どう考えても意味が通らない。パスワードは七文字? ガラスの靴って、ガラースのくつだっけ? 違う違う。まさか、ガラスのヒールだったけ?
混乱していると、そのまま、視界も真っ白になった。
爆発のショックだろうか、一時的に頭が冴え渡った。そして脳裏に浮かぶ、昔観たディズニー映画の映像。
そうだ。私はなんて致命的なミスを犯していたんだろう。
シンデレラに出てくる魔法の言葉といえば、ビビデバビデブに決まっているではないか!!!
その後、私は奇跡的に助かった。しかし、長い間入院生活を余儀なくされることとなった。
なぜ私があんな目に合わなければいけなかったのか、最後までわからなかった。
爆発のショックで私は様々なトラウマを抱えることとなった。シンデレラに少しでも関係するものを見たり聞いたりすると、恐怖でガタガタ震えた。たとえば、カボチャは「カボチャの馬車」を連想させ、爆弾を思い起こさせる。ハロウィンの時期はまさに地獄だった。
こんな風にさせた連中を許してはおけなかった。私は復讐を決意した。
しかし、誰に? そこで私は爆弾に関する知識を修得することにした。そして、執念により、自作の時限爆弾を製作できるまでになった。
復讐してやる。この爆弾で。
爆弾に怯えたことのない、呑気で、アホ面をした、平和ボケのヤツらが許せない!
幸い、この街はそんなヤツらが山ほどいた。私と同じ苦しみを味わうがいい。
さあ、爆弾を仕掛けた部屋に誰をご案内しようか。
私は、「パスワードはシンデレラの魔法」と暗号が書かれた爆弾を小脇に抱えながら、笑みをこぼした。
END